
大樹寺18
続き
しかし、やはり三左衛門が発願した「三河二十五霊場」も時代が経つにつれ風化してしまったのだと思われます。
三左衛門が作ってから長い年月を経た昭和49年に「法然上人三河二十五霊場」が創設されることになりました。あたらめて本霊場から霊土を拝受し、新たな二十五霊場が制定されました。そして、三左衛門のときと同じように札所は番号で対応され、各霊場には石柱が建てられました(これが「大樹寺14」で掲載した石柱です)。エリアもさらに広がり、東三河までカバーし、ほぼ「三河国」全域になりました。三左衛門の制定した札所からも7箇所が指定されました。
全国には「写し霊場」がいくつかあるようですが、しっかり今でも巡礼できるのはほんの一握りなんだそうです。この「三河二十五霊場」はそのうちのひとつで、貴重な写し霊場と言えるのだそうです。
※数回にわたる「法然上人二十五霊場」のお話は、仏教大学山本様の「三河における法然上人二十五霊場」という論文を参考にさせていただきました。
2017年9月1日
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