
大樹寺8
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9代家康
※他の8代とは異なり、こちらはかなり後年に建てられています。昭和44年の建立だそうです。墓碑の法名は徳川18代当主徳川恒孝氏の筆になるのだそうです。
家康の幼い頃は辛い人生の連続でした。3歳のときに母の実家が織田方と同盟を組んだため父は母と離縁しました。家康(幼名竹千代)は母と生き別れになったのです。その後、6歳のときに従属している今川家に人質に送られましたが、途中で裏切りに遭い織田家に連れて行かれ、2年間織田家の預かりになっていました。8歳のときに、前述したように父が家臣に殺されてしまいました。松平家の弱体化を不安視した今川義元は、織田家の人質信広と竹千代の人質交換を行ない、岡崎城は今川家の代官が管理し、竹千代は駿河に連れて行かれました。
2017年7月18日
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