詩人・彫刻家：高村光太郎

前々回にご紹介した二葉亭四迷のお墓は、東京の染井霊園にあります。染井霊園には著名人のお墓がたくさんあり、主要な方のお墓への案内図なども用意されているくらいです。
今回は、そのうちの高村光太郎のお墓をご紹介します。

高村光太郎のお墓と言っても、高村家のお墓ですから、彼の父光雲や最愛の妻智恵子も一緒に眠っています。並んで彫られた戒名を見てみましたが、右から５番目に光雲、１１番目に智恵子、光太郎は１２番目に彫られていました。
光太郎は、父である彫刻家光雲（作品に上野公園の西郷隆盛像などがあります）から受け継いだのでしょう、芸術家としての才能を持っており、学校では彫刻を専攻しました。ロダンの名作「考える人」を写真で見てショックを受け、ニューヨーク・ロンドン・パリと留学し、帰国してからは日本の美術界の旧態依然としたところに不満をもち、美術批評を寄稿したりしています。
彼は彫刻だけでなく、文学にも興味を持ち、詩でもすぐれた作品を残しています。３１歳の時に洋画家智恵子と結婚しましたが、４６歳の時に智恵子の実家が破産し、その頃から智恵子は健康状態が悪くなり心の病にかかってしまいます。結局彼が５５歳のとき、智恵子は亡くなってしまいました。死後３年後に妻への思いを綴った詩集「智恵子抄」を発表しました。
その頃、時代は戦争モードになり、日本は太平洋戦争に突入します。彼は（彼だけではないのですが、多くの知識人は）国威発揚のため戦争に協力するような詩を書きました。その後１９４５年４月の東京大空襲でアトリエ・作品などが焼失し、彼は岩手県花巻市に疎開しました（疎開先は宮沢賢治の実家だったそうです）。その疎開先も同年８月１０日の空襲で被災しましたが、５日後に終戦となりました。
彼は花巻郊外に粗末な小屋を建て、そこに暮らし始めます。戦時中に、やむを得ないとはいえ戦争協力をした自省の念から、このような行動にでたのだそうです。たった一人での自炊生活でした。青森県から、十和田湖畔に建てる記念碑の製作を依頼されたのを機に東京に戻りましたが、それまでの７年間は心の中の智恵子と生活をしていたようです。その様子がうかがえる詩もあります。
彼は７３歳でその生涯を閉じましたが、彼の作品は生き続けています。

個人的ですが、私の心に残っている作品をひとつご紹介します。とても切なくなる詩です。

『レモン哀歌』

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で

私の手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた

写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう

高村家のお墓

並ぶ戒名

2014年5月20日