
櫛田神社5
境内には「博多べい」というものが、その標柱とともにありました。
博多べい(塀)とは、豊臣秀吉が進めた博多の町割の際に生まれた土塀です。秀吉が来る前の博多は、大友・毛利・島津氏などのによる争奪戦に巻き込まれ、町が焦土と化していました。秀吉はこの町を中国・朝鮮への進出・出兵の重要拠点として考えており、その用途のための町づくりが必要で、それと戦災復興を願う町の人たちとの思惑が合致し、秀吉の町割りによる再興が実現したのだそうです。この町割りは、現在の博多の繁栄の礎となっているのだそうですが、この「博多塀」は平和への願いが込められた記念碑的な塀となりました。どういうことかと申しますと、この塀は、新たに材料を調達せず、戦火で焼けた石・瓦等を塀の中に塗り込めた廃材活用のリサイクルの塀だったのです。もちろん、手っ取り早く工事を完成させるために考えたことだったのだとは思いますが、この廃材を見るたびに戦争を忘れないという思いになったのではないでしょうか。
櫛田神社にある「博多べい」は、その町割りに協力した博多三大商人の一人、島井宗室の屋敷跡にあったのを、のちに有志が神社に移設したのだそうです。


2017年9月29日
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