
小説家:二葉亭四迷
明治時代の小説家二葉亭四迷は1909年5月10日に亡くなったそうで、今週末の5月10日で没後105年ということになります。
彼は明治維新直前の1864年生まれで、物心がついた頃には時代は明治に変わっていたということになりますね。激動の時代を生き抜いた小説家です。
彼が11歳の1875年に「樺太千島樺太条約」が締結されましたが、日本に対するロシアの態度をみてロシアという国に危機感を覚え、学校でロシアのことを中心に学んでいましたが、次第にロシア文学に魅了されていきました。
1885年に発表された坪内逍遥の評論「小説神髄」の写実主義に影響され、5歳上の逍遥のもとに通い始めました。その後逍遥のすすめで「小説総論」を発表、これは逍遥の論をもっと発展させたものでした。
1887年に処女小説「浮雲」を発表。今までにないような写実主義と言文一致の文章は、当時の文学者たちに多大な影響を与えました。この小説は日本近代小説のはじまりではないかとも言われています。
その後ロシア文学の和訳や日本文学の露訳も手掛け、いくつもの小説を新聞に発表しましたが、朝日新聞の特派員としてロシアへ出向いていた時に病気に罹り、帰国中の船上で45歳で客死しました。
航路のシンガポールにて火葬され、遺骨が日本に戻ってきました。そのシンガポールにも彼のお墓がありますが、日本でも東京の染井霊園に、本名の「長谷川辰之助」名のお墓が建っています。


2014年5月6日
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