お墓・墓石・霊園選びなら株式会社悠石(ゆうせき)

会社概要
経営理念
お墓の選び方
  • 霊園の種類
  • 墓石のデザインと種類
  • 墓地の選び方
  • お墓の移転(改葬)
  • 生前建墓
  • お墓の申し込みから建墓まで
  • 法人慰霊塔
お客様の声
  • お客様インタビュー
  • 霊園アンケート
霊園催し物情報
お墓・お参りの豆知識
  • お墓の建立について
  • お墓の改葬
  • ご納骨
  • 開眼式・法要など
  • お供え・御礼
  • お墓参り
  • お盆・お彼岸
  • 墓石業界独自の常識
  • 間違いだらけのお墓探し
霊園紹介
よくある質問
  • お電話でお気軽にお問い合わせください。フリーダイヤル:0120-594-019
  • メールフォームによるお問い合わせはこちら。お問い合わせ・資料請求
  • WEBチラシ 折込広告をPDFにてご覧いただけます。
お知らせ
トップお知らせ > 三内丸山遺跡

お知らせ

三内丸山遺跡

青森市に「三内丸山遺跡」という縄文時代の大きな遺跡があります。
その遺跡は、縄文時代に高度な文化があったことがうかがえる形跡が多いのだそうです。

例えば、「六本柱建物跡」というのがあり、それは直径2m深さ2mの穴が規則正しく6個並んでいるもので相当大きな柱を立てていたのだろうと想像されることから、おおきな建造物を建てられる技術(計算・尺度など)があったことを示しています。
また、出土された栗の木を調べたところ栽培されていたものだということがわかり、他にゴマやマメなどの栽培もしていたようで、自然に生えているものを単に採取していただけではないことが分かっています。

この遺跡からは、たくさんのお墓も発掘されています。お墓は道路に沿って並べられており、その道路は海に向かって420mほども延びているのだそうです。たくさんの遺体を埋める穴が整然と並んでいて、土盛りだけのもの・土盛りの上に石が置かれているもの・穴の周りに石を並べて置いてあるもの(ストーンサークルと言われています。有力者のお墓であるという説があります)などがあります。

お墓の場所は住居跡からほど近く、漁猟の行き帰りに通る道路であったのではないかとも想起されます。人々は日常的にお墓の前を通っていたのでしょうか?もし当時の人がお墓・遺体を「忌み嫌う」存在だと思っていたのなら、もっと遠ざけたところに作っていたはずです。それどころかむしろ生活と密着するところにあるのですから、お墓は生活の一部にあったのですね。

2012年11月13日

  • お問い合わせ・資料請求
一番上に戻る